2012マンスリーコラム

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5月号

温知館


マンスリーコラム 高群逸枝

私タチハ一体ニナリマシタ。

 雑木林に囲まれた東京・世田谷の“森の家”を住まいと定めて、夫・橋本憲三が「あなたは研究だけに打ち込みなさい。あなたの生活のすべてを僕が支える」と宣言するのは昭和六年(一九三一)、高群逸枝(たかむれいつえ)三十七歳のときであった。以来、妻は七十歳までの人生の俗事一切を夫に任せて書斎に篭った。古代、中世の史・資料を読み解き、日本社会にあった母系制社会、嫁取り婚以前の婿取り婚の実相を明らかにする。主著『母系制の研究』、『招婿婚(しょうせいこん)の研究』は、そのまま旧来の家族制度に対する批判となり、女性の復権を促す日本女性史学のさきがけとなった。
 熊本県豊川村(現・宇城市)に生まれる。熊本女子師範、熊本女学校に学び、小学校の代用教員をしながら詩人、文筆で立つを目指す。同じ代用教員だった憲三との出会いは二十三歳の夏。「永遠の愛を誓います」と一途な女、「この世に永遠はない」と虚無を気取る青年。愛は芽生えからおぼつかなかった。
 同居と別居、上京と帰郷の反復の中で安息は遠い。長男の死産と関東大震災を経験し、やっと落ち着いた新居も勝手気ままな夫の仲間が押しかけて梁山泊。妻の家出(大正十四年)は、凄絶な暮らしと愛の葛藤の果てに起きた事件ではあったが、前記した夫の“回心”はこれが転機となったとされる。平塚らいてうらと無産婦人芸術連盟を結成、女性史に急傾斜していくのはこの頃。古里で語られていた「夜這い・妻問い婚」の風習の記憶も働いたであろう。
 私の何もかもをあなたは知っているのだから、と夫に完結を託した晩年の自伝『火の国の女の日記』に、「いかにあなたを好きだったことか。ほんとうに私たちは一体になりました」と記す。同志的な男女の結びつきを追求した女の信実。思い定めて半生を女に捧げた男の凄みまで伝える。

温知館(熊本近代文学館・熊本県立図書館) 熊本にゆかりのある作家・文学者の作品や資料が鑑賞できる

所在地:熊本市中央区出水2丁目5番1号
温知館・近代文学館 入場料無料 




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